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血統の背景とドッグトレーニングの関係性について [Dog Breeding]

先日発売されたとある有名な「地球や自然に関する雑誌」の表紙がなんと「犬」でした。

イギリスだけでなく、日本やオーストラリアでも発売されていて人気のあるこの雑誌。どうしても気になって英語版・日本語版の両方を買ってしまいました(内容は全く同じ)が、数ページにわたるその特集は大変読み応えのあるものでした。

犬の先祖は「オオカミ」である。というのはよく知られた事実ですが、その元を辿れば同じイヌ科であるジャッカルやコヨーテ、キツネなどの割とシュッとした顔をもつタイプであることがわかります。

その中で、これほどまでに多岐にわたる種類があるというのも「犬」だけです。

オオカミが祖先である「ブルドッグ」と、オオカミが祖先である「チワワ」。犬は実に多種多様に変形してきたことがわかります。


「血統」を詳しく追求していくと、それが人間との生活の為の「改良」であったことが理解できます。

よく知られる「狩猟犬」というカテゴリーの中でも、レトリバーは獲物を捕獲して持って帰ってこられるように。はたまた、セターなどは鳥が飛び立つまではその場所で待つように訓練され、血統的に操作され改良されてきた犬達です。

僕の大好きな「馬」という動物も、「血統」という概念を非常に大切に扱われてきた動物ではあるけれども、犬のように多種多様な変形の仕方はしていません。ポニーとサラブレッドでは体格による違いはあるものの、明らかに「ウマ」の形をしていることに変わりはないですよね。

犬はその点、毛が全くない犬もいればフサフサすぎて絡まって大変な犬もいる。チワワなどの小型犬の小ささは、オオカミの原型を全く留めていないうえに容姿も違っている。

そういう点が犬の魅力だったりするわけで、人々が自分のタイプに合わせて犬を選ぶことができる、もしくは飼い犬によって自分らしさを表現している、とまで言うこともできるのではないでしょうか。

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さて、品種改良の荒波の中で多種多様に発達してきた犬たちですが、この事実がドッグトレーニングにも深く関わってきてしまいます。

犬の改良はその用途に合わせて「見た目」だけ変形してきたかのように思われがちですが、その「性格」の方が本来の意味では重要視されていたように思います。

ドッグショーなどの「見た目やスタイル」を重要視するイベントが今でも人気が高いため、人々の興味もどちらかというとその見た目に注目されがちですが、犬を家で実際に飼っている人達にとっては普段生活を共にしている彼らの性格がどのように変形されてきたかを知ることが重要です。

「うちのビーグルが吠えるから困る」というのは、まさに本末転倒な悩みなわけですが(どちらかというと吠える為に生まれてきたような犬種である為)「その犬と暮らし始めた」という事実自体を変えるのは難しいので、ドッグビヘイビアリスト達は頭を捻って、犬と人間生活の落としどころを考えていくんですね。

そういった背景があって、イギリスでは当たり前のことですが、ペットであるパピーを飼いたいと思う家庭は

①ブリーダーから直接購買する
②基本的にはその子犬自体を、そしてその親犬(最低限母犬)を自分の目で確かめる
③幼少期、社会化といわれる犬同士で過ごす時間は、我慢して待つ

ということを守っているケースが多いのです。

これは犬も人間も大変な苦労をする「ミスマッチ」を少なくするというだけではなく、人間・家庭にとっては「色々と大変な思いをして犬を自分の家に迎え入れられた」という「この単体の犬を大切にする」という思い出を作り出しているわけです。

そうすれば、飼えなくなったという理由で言葉を交わせない犬達を捨てるという行為も少なくなるであろうという流れなんでしょうね。

日本もいち早くこの流通システムが確立されればなと思いますが、さてどうでしょうか。

血統の背景から考えてみると、少し違った視点から可哀想な犬達に対する行動が取れるかもしれませんね。
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